「僕が僕であるという証明をしてくれますか?」
骸は突然、読んでいた本から顔を上げてそんなことを言い出した。
面倒くさくなって、頭上で書き損じみたいな黒いぐるぐるのもやもやを出したつもりで、俺は骸の読んでいた本を取り上げた。
「そういう難しい話は獄寺君とか雲雀さんとかとやってよ。リボーンも居るよ。俺は考えたくない」
イライラしながらそういうと骸はふっと笑いかけてきた。
「君がさっきまで必死にサインしたはずの書類だって、実はぜんぜん別の人間がそうしていたのかも知れない。君は実は死んでいるかも知れない。ここは死後の世界じゃないって誰が否定できるんです? 君が生きて僕と話しているという証拠は?」
骸の低い声で言われると、だんだんとそんな気分になってくる。
足元が不確かになっていくし、過去の自分と今の自分が線で結ばれる気がしない。
「やめろよ」
それだけ言って片手でこめかみをほぐしながら、コーヒーを淹れに行こうとした。
けれどもそれはできずに、骸に手首を掴まれて、本を強奪される。
しかし本を取り戻すのが目的かと思われたが、それ以降も骸は俺の手を離す気配がなかった。
「ねえ綱吉君、世界はとっても怖いんですよ。でもとっても優しいんです。君の悪事をなかったことにしてくれるかも知れない。だって五分前の君は君じゃないかも知れないのだから。そう思うと楽でしょう?」
「離して」
ぎりぎりと手首が痛い。手先がだんだんとしびれて冷たくなっていく。
「復活したときの君が君でない可能性を考えていましたか? この世界を捨て駒のひとつとして扱っていませんでしたか? 君は本当に自分勝手だ。ね、綱吉君?」
どこかで見たような顔で笑う、俺を責める。
「お願い離して」
「君が君である証拠は見つかりましたか? 中学生の沢田綱吉と今のドン・ボンゴレは同じでしたか? 確信が持てますか? どうです、綱吉君」
「やめて」
細くて枯れそうな声しか出すことができなかった。自分の声ではないように聞こえる。骸の語りかけてくる声のほうが、よほど浸透してしっかり聞こえる。
つかまれていた手首を引かれてそのまま抱きしめられる。
「かわいそうに、怖かったでしょうね」
そうしたのはいったいどこの誰なんだ。
そんな反抗すらできずに骸に抱きしめられるがままに俺は泣いた。
昨日は一般人の家族を殺したんだ。つまらないことでマフィアに目をつけられて、拷問の末の殺人を受ける計画を知らされてしまって、どうしようもなかったんだ。
どちらがマシだったのだろう。俺が殺めなかった世界は、なにか違ったのだろうか。