夏の影が濃い時間の涼しい時は病的に古い家屋が怖くなるだろう。
闇に吸い込まれそうになるからだ。境目が薄くなるそれは黄昏時よりも幾分早く始まり早く終わる。
冬の夜の白銀が照らす光の世界に酷く恋焦がれるような気分になるだろう。
現実では無い様な憧憬を抱くからだ。丑三つ時の誰もいないころ自分だけがと思うと終わりが見えない。
かくして人間とは今現在手の内に無い全く手に入れられないようなものを欲しがる。
例えば季節だ。
秋野と千崎の住居。古い木造の平屋で、檜の香りが心地よい。時折、近所から犬の鳴き声がする。
「着物は首のところが涼しくなるようになってるんだ」
影が濃い。気持ち悪くなる。気持ちよくなる。泣きたくなる。怖くなる。
そんなことは言葉に出さなければわからない。そして、表情にも出さない。
秋野が返事をしなくても、構わず千崎は続ける。
「だから夏でも浴衣や着物を着てられるんだ。昔の人は賢いな」
パタン、パタン。
箪笥を開け閉めする音と、声が聞こえる。目を開けられない。日差しがきつい。
空を向いている。今の季節はいつだろう。外の音が聞こえない。
「秋野、寝てるのか?」
寝ているのかも知れない。きっと、世界の夢を見ている。